こんにちは、GNG武田です。
今日は、米国で進むGLP-1減量薬の価格引き下げと、
それが食品業界にどのような変化をもたらすのかについて、整理してみました。
2025年5月、米国政府の「Make America Healthy Again Commission(MAHA委員会)」は、
ホワイトハウス主導の公衆衛生政策報告書である「MAHA Report(Make America Healthy Again Report)」を公表しました。
このレポートでは、ワクチンからの水銀除去やSSRIの安全性見直しなどと並んで、
GLP-1減量薬の価格是正が主要項目として取り上げられています。
MAHAレポートによると、政府は製薬企業との協議を経て「最恵国価格制度(Most-Favoured-Nation Pricing)」を導入し、
体重減少目的で用いられるGLP-1薬の薬価を引き下げる方針を明確にしました。
これにより、Novo Nordisk社のWegovyやOzempicの月額価格は1,000〜1,350ドルから350ドル以下へ、
Eli Lilly社のZepboundは346ドル前後になる見通しとされています。
また、経口GLP-1薬のOrforglipronは250ドル程度まで下がる可能性も示されています。
こうした動きを受け、Eli Lillyは米国内で270億ドル規模の製造投資を進め、Novo Nordiskも10億ドルの追加投資を行い、
錠剤型Wegovyの承認も控えています。
MAHAレポートはこの価格引き下げを「公共の健康コスト削減と肥満対策の構造的転換」と位置付け、
ウェイトマネジメント市場が医薬中心のフェーズから公衆健康管理のフェーズへ移行する可能性を示唆しています。
GLP-1薬の普及は食行動にも大きな変化をもたらしています。
米国では利用者が数百万人規模に達しており、「食べる量が減る」「甘味嗜好が弱まる」「満腹感が長く続く」といった行動変化が定量的に観察されています。
その影響は食品市場にも波及し、消費量の減少だけでなく「何を、どのように食べるか」という価値観の再定義が進んでいます。
市場は、薬の使用段階に応じて「使用前」「使用中」「使用後」という三つの層で構成されるようになっており、
とくに使用中と使用後の層が食品業界に大きな影響を与えています。
使用中の人は食欲低下や胃の不快感、味覚変化、便秘、栄養不足などの課題を抱えやすく、従来の食品カテゴリーでは対応しきれないケースも増えています。
そこで注目されているのが「GLP-1フレンドリー食品」です。
これは薬の効果を妨げず、生活の質を支えることを目的とした食品で、少量で栄養を確保できる高栄養密度、低糖・低脂肪で消化に優しい処方、
ナチュラルな味設計、腸内環境サポートなどが求められます。
また、薬の補助ではなく、アマラスエート(ホップの苦味成分)やローズマリー由来ポリフェノールなどによって
体内のGLP-1分泌を自然に高める「GLP-1ブースター食品」という関連領域も生まれています。
さらに、薬の使用を終えた後の維持・再構築フェーズでは、リバウンドや代謝低下の課題に対応する「Post-GLP-1食品」が注目されています。
高たんぱく・高ミネラル・低カロリーといった栄養設計に加え、満腹感と食の楽しみの両立、腸内環境やエネルギー代謝の安定化が求められます。
薬に頼らない状態で健康を維持するための“リカバリー食”として、ウェルネスリテラシーの高い層へ広がる可能性があります。
食品市場全体の構造変化も進んでいます。
大量消費型のカテゴリー(スナック、菓子、外食など)は縮小圧力が強まる一方、
GLP-1フレンドリー食品や発酵食品、腸サポート食品、メタボリックウェルネス食品などの領域は拡大しています。
食品企業は「減量そのもの」ではなく、薬の使用中・使用後の生活に寄り添い、栄養や満足感、生活の質を支える存在へと役割が変わりつつあります。
ロサンゼルスの高級自然食品店であるErewhonでは、
GLP-1薬ユーザーの増加を受け、高たんぱく・低糖質・食物繊維強化の商品の棚割りが広がっています。
Supergut(プレバイオティクスファイバー製品)やLemme(食欲制御系サプリ)など、
GLP-1を意識した代謝系のナチュラル商品が新たな主力になっています。
Sprouts Farmers Marketでは「High Protein」「Gut Health」「Low Carb」の三軸で棚が再編され、
プロテインバー、ギリシャヨーグルト、発酵飲料などの売上が伸びています。
GNCでは「GLP-1薬併用者の栄養管理」に特化した販売セグメントが形成され、
“GLP-1 Support Supplements”という新しい販促カテゴリーも登場しています。
MAHAレポートの実行組織であるMAHA Actionは、
HHS(米国保健福祉省)の監督下で政策実施状況を毎週発信しており、
2025年11月公開のWeekly Winsでは、Novo Nordisk社とEli Lilly社がGLP-1医薬品の価格を引き下げることで合意したと報告されました。
具体的には、OzempicとWegovyが1,350ドルから350ドルへ、Zepboundが1,086ドルから346ドルに引き下げられるというものです。
UNPA(United Natural Products Alliance)のLoren Israelsen氏は、「大幅な値下げは利用者の増加を促し、食べる量や食の選択に変化が生まれ、
食品業界やGLP-1コンパニオン市場が成長する」とコメントしています。
政策の影響は医療費削減にとどまらず、
消費者の食行動変化を通じて食品・サプリメント産業全体に拡大していく可能性があります。
MAHAレポートは2025年5月に発表されましたが、薬価引き下げの報道が大きく注目されたのは11月でした。
このタイムラグは、政策提言から実務実装への移行期間、
製薬企業の慎重な情報管理、市場データが出そろうまでの時間などが背景にあります。
報告書自体は法的拘束力のない政策提言レベルだったため、
5月時点では報道露出が限定的でしたが、秋以降の市場イベント(保険適用拡大の議論、
Wegovy錠剤版の承認見込み、Orforglipronの臨床データ発表など)を受け、政策提言が“実際の市場変化”として再注目されました。
また、食関連データにGLP-1薬の影響が現れ始めた時期でもあり、
11月の報道増加は医療から食品産業への波及が明確になったことを示しています。
日本市場では、GLP-1薬の利用はまだ限定的ではありますが、「GLP-1=痩せるホルモン」という概念が浸透し始めており、
薬に頼らずGLP-1を刺激する食品や、血糖値フレンドリーなリアルフードへの関心が高まっています。
機能性表示食品制度では血糖上昇抑制や腸内環境関連の届出が増えており、
アマラスエートやローズマリー由来ポリフェノールなどのナチュラル素材を用いた商品の可能性も広がっています。
“食べない健康”と“食べて整える健康”の二極化も進みつつあります。
MAHAレポートによるGLP-1薬の価格引き下げは、単なる医療政策ではなく、食と健康の関係を再構築する契機となっています。
すでに米国の小売現場では棚割りや購買データに変化が表れており、日本でも「薬に頼らない代謝管理」への関心が高まると考えられます。
食品産業に求められるのは、医薬品の科学を理解し、それを食の文脈で翻訳する力だと思います。
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