こんにちは、GNG武田です。
今号では、米国で大きな転換点を迎えつつある
GRAS(Generally Recognized As Safe:一般に安全と認められた物質)制度について、整理してみたいと思います。
米国では、1958年の食品添加物改正法により、「食品に意図的に添加される物質」は、原則としてFDAの事前承認が必要な「食品添加物」として扱われることになりました。
一方で、塩、ビタミンC、クエン酸、香辛料のように、長年広く安全に消費されてきた物質まで個別審査の対象とすると、
行政負担も産業負担も膨大になります。
そこで導入されたのが「一般に安全と認められた物質(GRAS)」という考え方です。
GRASに該当するためには、以下の条件を満たす必要があります。
・安全性に関する科学的データが十分に蓄積されている
・そのデータが学術論文や公的レポートなどとして公開されている
・有資格の専門家の間で「その用途・その摂取量であれば安全である」
というコンセンサスが成立している
この条件を満たす場合、FDAの個別承認(食品添加物申請)を経ずに食品へ使用できる、というのがGRAS制度の基本的枠組みです。
つまりGRASは、「FDAの監督を完全に免れる抜け道」ではなく、一定の条件を満たした場合に限り、効率よく安全性を確認するための“例外ルート”として設計された制度である点が重要です。
GRAS制度はその後も段階的に見直されてきました。
1960年代にはFDAが独自に「GRASリスト」を作成し、長年の食経験に基づいて安全と判断される物質を整理しました。
その後1970〜80年代には、このリスト掲載物質についても再評価が実施されています。
転機となったのは1997年で、従来の「GRASアファメーション(GRAS Affirmation:FDAが規則として、
ある物質をGRASであると“正式に確認する”手続き)」に代わり、「GRAS通知制度(GRAS Notification)」が提案されました。
企業は、自社がGRASと判断した根拠をFDAに提出し、FDAは「現時点では問題なし(No questions)」あるいは「根拠不十分」と回答する仕組みです。
2016年には、この通知制度が最終ルールとして正式に位置づけられました。
現在、GRASの実務的運用は、次の三つに大別できます。
① FDAに通知し、「No questions letter」を得ているGRAS
② FDAが旧来の規則制定でGRASとして認めた物質(かつてのGRASリストなど)
③ 企業が独自に専門家パネルでGRAS判定を行うものの、FDAへ通知しない「Self-GRAS(自己認証型GRAS)」
①②はFDAも内容を把握しているため透明性が高い仕組みです。
一方、③のSelf-GRASは、外部から実態を把握できず、以前から問題視されてきました。
Self-GRASは法的には認められていますが、構造的な問題を抱えています。
・FDAへの通知義務がないため、どの成分がどの根拠でGRASと判断されたのか外部から確認できない
・専門家パネルを企業が選任するため利益相反の懸念がある
・「専門家コンセンサス」の妥当性を外部が検証できない
・新規成分や高用量使用が、十分な監視なしに市場流通する可能性がある
これらの問題は10年以上前から指摘されており、市民団体、学者、ジャーナリスト、議員らが一貫して批判してきました。
2020年代には特定原料に関連する健康被害事例も報告され、Self-GRASへの疑念はさらに強まりました。
重要なのは、これらの批判は「トランプ政権で突如始まったもの」ではなく、「長年蓄積されてきた問題意識の延長線上にある」という点です。
こうした長年の課題に対し、2024〜2025年になって制度改定が一気に具体化してきました。
・2025年3月、米国保健福祉長官(HHS)がFDAに対し「Self-GRASのみでの市場投入を見直し、
通知と安全性データ提出の義務化を検討せよ」と指示
・同時期、議会でも「すべてのGRAS決定のFDA通知義務化」を求める法案が提出
・FDA自身も、GRAS通知義務化およびSelf-GRAS経路の大幅縮小を含む規則改正案(RIN: 0910-AJ02)を準備
そして2025年12月1日、GRAS改定案はホワイトハウスのOMBに提出され、行政命令12866に基づく規制レビュー段階に入りました。
これは 公表直前の最終ステップであり、GRAS制度が近く具体的に改定されることを意味します。
ここで強調したいのは、今回の動きは「GRAS制度を否定するもの」ではなく、「本来のGRAS理念に立ち返るための調整」であるという点です。
本来のGRAS理念は以下の4点を重視するものでした。
・科学的安全性データが十分に揃っていること
・そのデータが公開され、専門家コミュニティで共有されていること
・用途・摂取量に対して専門家のコンセンサスがあること
・必要に応じてFDAが介入できる透明性が担保されていること
しかしSelf-GRASでは、企業がFDAに何も知らせず新規成分を市場に出すことが可能であり、
これは理念からの乖離と言えます。
今回の改定は、「Self-GRASを微修正する」段階ではなく、“GRASを主張する以上、基本的にFDAへの通知と情報開示を前提とする仕組み”
への転換を意図しています。
つまり、
・Self-GRASだけでは安心とは言えない
・GRASを名乗る以上、用途・用量・根拠をFDAと社会に説明できる状態が必要
という新しい前提が生まれつつあります。
日本企業が特に注意すべきケースは以下です。
・日本発の新規成分を米国で上市しようとしている
・日本より高い用量・高頻度で摂取させる設計をしている
・代謝・体重管理・脳機能など、センシティブで注目されやすい機能性を訴求する
・Self-GRASのまま流通しており、「No questions letter」がない
こうした場合、今後は次の点が厳格に問われます。
・想定用途(食品カテゴリー、対象者など)
・1日摂取量の妥当性
・その用途・用量に十分対応した科学的安全性データが揃っているか
・専門家パネルの独立性と評価プロセスの妥当性
・FDAへの通知や情報提供が適切に行われているか
つまり、これからのGRASは用途・用量・データ・評価プロセスまで含めて整合的なストーリーを示すことが前提になる
と言えます。
今回の動きは、
GRASをより透明で信頼性の高い仕組みへ進化させるプロセスであると、GNGは捉えています。
一方で、企業側には実務として次のような対応が求められます。
・既存Self-GRAS製品の棚卸しとリスク評価
・新規用途・新規成分に関するGRASギャップ分析
・GRAS通知を行うべきかの判断と準備
・場合によっては食品添加物申請、NDIなど他制度の検討
GNGでは、米国法規制専門弁護士・毒性学者等と連携し、
Self-GRASから通知型GRASへの移行や安全性データ戦略を包括的に支援してまいります。
GRAS改定ルールの正式発表後には、その要点と日本企業への影響を改めて本メルマガでお知らせいたします
<GNG研究会について>
GNG研究会では、過去十数年にわたるニューズレターのバックナンバーを会員ページにてすべて公開しています。
そして、例えば「免疫」、「プロテイン」、「乳酸菌」、「腸内細菌叢」など特定のキーワードで過去の記事を見出し検索できるので、トレンド把握に役立ちます。
GNGでは、国内および「海外のいま」をお届けできるよう全力で取り組んでおります。
皆様のウェルネスフードビジネスに少しでもお役に立てましたら幸いです。
━━━━━━━━━━
無料メルマガに登録いただけると、更新をメールでお知らせします。
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛